水槽の中の水槽


 もう一回前髪見た方がいいかなぁ。トイレに引き返して鏡の前に立つ。少し広がっている気がして鞄から櫛を取り出す。梳かしながら鏡を見ると、後ろに小さな水槽が見えた。
 櫛をしまい、もう一度自分の姿を確認してから後ろを向く。トイレから出ると白い壁が眩しいくらいだった。
 私はベンチに腰掛ける。もうやめたらいいのにと前の会社の人に言われたことがある。親切な人だったが、彼女の顔も名前もよく思い出せなかった。
 向こうから来る人影を見て静かに立ち上がる。白い壁と隅っこの観葉植物を眺め、息が詰まるような錯覚をおぼえる。片手を挙げた彼に軽く会釈し、私は足を踏み出した。