約束の地


 水に半分浸かった足が見える。透き通った水は嘘のように綺麗で、この都市によく似合っていた。
「ねえ」
 うん、とあなたは返事をする。流れ着いた、冊子のようなぶよぶよの紙を丹念にのばしている。出会った時も冊子を真剣に見つめていた。私はあの時、水に浸かっている上の段から、解読するのが好きなのかと尋ねた。仕事だよ、とあなたは真面目な表情で答えた。
 考古学者なんて仕事、何が楽しいのかわからない。その辺に落ちていた缶切れを投げると、ちゃぽんと間抜けな音が響いた。
「帰っていていいよ」
 いやだ、と私は答える。東京、と書かれている錆び付いた看板を踏みつける。ばんばんと音を立てて踏むと、鉄筋の匂いが立ち上った。
「じゃあ静かにしていて」
 私はあなたを見つめる。丸めた背は鬼気迫っていた。朝も夜もずっとああして、過去の遺物を漁っている。
 大戦の最後の生き残り、だそうだ。昔は研究者をしていた。一緒に研究をしていた仲間が、最も優秀だったあなたを逃がす時に薬を打った。
 だから死ねないんだ、と呟いた声には諦めが満ちていた。あなたが一体、何年生きているのか私は知らない。
 足の下の看板を見つめる。あの時私は上の段から、恋に落ちたのだと思う。私を殺してくれと縋り付くあなたを見るまで、私は死ねない、と思う。