いくら積んでも買えないもの
執務室に帰るとチェルシーが居た。黒いソファに仰向けに寝そべり、お帰りなさい、と微笑んで伸びをする。
「……チェルシー、あなたの部屋はここではない」
「いいじゃん、局長の顔を朝一番に見たかったんだ」
マリヤは小さく息をつき、ソファを通り過ぎて自分の椅子に腰掛ける。昼までの仕事に取りかかろうとすると、チェルシーがソファから立ち上がり机に腰掛けた。のろのろとチェルシーを見上げると、今日は元気ないね、と真剣な表情で呟く。
「……誰かが仕事をさせてくれないせいでな」
「へえ、誰? 金を渡してこようか?」
自分のこめかみを押さえ、マリヤはチェルシーを見つめる。赤い瞳がわずかに揺らめいた。息を漏らすようにして笑い、チェルシーは机から下りる。そんなに見られたら照れちゃうよ、とささやいて再びソファに寝そべった。
「今度局長に似合う宝石作ってあげるからさ、そろそろ愛人になってよ」
楽しそうに笑うチェルシーを見つめる。部屋に帰る気は無いようだった。ふいに気になってマリヤはたずねた。
「……私がその申し出を受け入れたら、あなたはどうするんだ」
どうって、と呟き、チェルシーはマリヤをじっと見た。上半身を起こし、しばらく考えてから口を開く。
「……局長のこと好きじゃなくなるかもしれない」
「……どういうことだそれは」
半身を起こしたチェルシーを見る。斜め下を見つめているチェルシーは笑っていなかった。マリヤの視線に気付いたのか、顔を上げたチェルシーがぱっと笑顔になる。
「ねえ局長、午後デートしない?」
「……仕事が終わったらな」
いつもそうやってはぐらかす、と口を尖らせるチェルシーをそっと窺った。彼女の孤独を垣間見た気がしてマリヤは目を伏せる。このソファ、もっといい革にしよう、とチェルシーの拗ねたような声が耳に届いた。