見ている部分が違う話


 目を開けると天井が目に入った。私はぼんやり頭を動かす。さっきまで執務室で居眠りをしていたはずだったが、自分がいるのはどうやらベッドの上のようだった。
「おはよう」
 声のした方に顔を向ける。アインが隣のベッドの上で分厚い本を読んでいた。私をちらりと眺め、君も倒れることがあるのね、と呟く。彼女の机の上に栄養ドリンクの瓶が目に入った。
「…………アイン、生活習慣を整えてくれ」
 私は倒れたのか、と思いながらのろのろと呟く。君には言われたくないわ、と本に目を落としたままアインは返事をした。
「局長、おはようございます、お加減はいかがですか」
 ドアを開けてナイチンゲールが入ってくる。私は倒れたのかと、今度は口に出して問いかけた。ナイチンゲールは小さく息をついて口を開く。
「……過労です、しばらくお休み下さい」

 閉まった医務室のドアを眺め、私は上半身を起こす。アインの方を見ると、「眠るのが一番、あとは食べやすいものを食べて」と短く言う。助言を求めたわけではなかったが、ああ、と返事をした。
 自分の手元を眺めて再びアインの方を見る。左手で眼鏡を上げ、わずかに顔を私の方に向けた。
「……何?」
「その……この間以来だ、と思って」
「私の手術を見た日?」
 アインはかすかに目元を緩めた。頷き、私は目線を外す。手術よりも隊員にひどく罵られたことや、彼女が隊員に何の説明もせずに私の腕を引っ張ったことが印象に残っていた。
「確かに、取り調べ室以外できみと話すことって無かったわね」
 アインは淡々と呟く。伏せられた銀の瞳を見つめる。何の感情も読み取れず私は押し黙った。
「……MBCCはどうだ」
「局員がさぼる、研究設備はそこそこ」
 言い、アインは本を閉ざす。眼鏡を持ち上げ、右手でそっと目頭を押さえた。そういうことじゃなくてだな、と私は頭を掻く。
「……あなたは、困っていることなどは無いか」
「……気にしてるってこと?」
 アインは意外そうに私を見た。私は小さく頷く。自分と同じくらいの年齢の彼女が左腕を切り落とした様子が今も目蓋に残っていた。
「クリニックは無くなったけど、ここでも研究はできる」
 そうか、と私は返事をした。彼岸のことではないと喉元まで出かかったが、届く気がしなかったのでやめた。
「君こそどうなの、コンビクトのお守りは」
「……皆頼りになる、それに学ぶこともある」
 言い、アインを窺う。彼女は何かを推し量るような表情をしていた。そう、と返事をしてわずかに顔を伏せる。後部座席に座った彼女の様子がふっと過ぎり、私は思わず目を逸らした。
 昔の私に似ている、とアインは言った。静かな声は胸のうちに重く沈んだ。そうだろうなと思うのと同時に、あんな風になったらどうしよう、と思った。
「何か不便があったら言ってくれ、FACは協力を惜しまない」
 ええ、と返事をして再び分厚い本を開く。彼女の横顔にはなんの感情も無かった。わずかな罪悪感と後ろめたさを感じながら、私は横たわって目蓋を閉ざした。