夜気の名残が肌を撫でる。人ひとり見えない境内に入り込み、私はカメラを取り出して紅葉の葉擦れの音を聴いた。ざああ、ざああ、と、警告するように木々は揺れる。おまえたち、昼間はあんなにきれいなのに、今はただの黒いかたまりじゃない。私はふっと笑って門の阿修羅像を眺めた。恐ろしい牙を剥き出しにして、でもどこか諦めたように視線は一点を見つめて動かない。でくのぼう。わざと、じゃりじゃりと石を踏みしめて走った。神様も仏様も信じていない。一番奥にある、木でできた、汚れた建物の中を覗いた。小さな仏様が穏やかな笑みをたたえて佇んでいる。理由もなくせつない気持ちになり、私は目をそらした。建物の後ろ側に回って、梯子をかけた。みし、みし、と、梯子がきしむごとに空に近付く感じがする。私は息を詰めてカメラを構えた。とうとう緑色の屋根の上にたどり着くと、夢中でシャッターを切った。黒かった紅葉もでくのぼうの阿修羅像も、昇る朝日に照らされて全然違う表情をしている。私は瓦の上で仁王立ちをしてみる。ふと、仏様のことが気になった。あの小さな仏様は、あたらしい朝をどんな顔で迎えるんだろう。けれどそれを写真におさめる気にはなれなかった。私はそっとカメラをしまい、夜が明けたばかりのつめたい空気を味わいながら朝を眺めた。

 


 

2014年(百題をやりたかった時に書いた)