ねんねするさにみか

三日月はあまり寝ない。夜の更けた頃に床につき、夜明けと共に目を覚ます。ひとりで寝ていた頃は早くに床についていたが、審神者と寝所を共にするようになってから眠る時間が少なくなった。三日月は審神者を慕っていた。三日月の寝ているうちに審神者の息が止まってしまったらと考えるとどうしようもなく恐ろしく、本当は自身は眠らずに、隣で眠っている審神者を一晩中眺めていたいと考えていた。
「三日月」
布団に横たわり、目を閉じていた審神者が小さく声を出す。ゆっくり目蓋を開け、瞳が三日月の姿を捉えた。
「眠れないのか」
審神者はうつくしい、と三日月は思う。静かな光をたたえている瞳も、白く染まり始めたゆたかな頭髪も、三日月を気遣って声をかける優しさも。
「主、先に眠ってくれ」
「こちらに来るか?」
審神者は真剣でも、おもしろがるようでもなく、食事の内容でも提案するように呟いた。三日月は少しの間、返事をすることができずに審神者を見つめる。はい、とささやいた声が震えた。

翌朝、三日月が目を覚ますと日が高く昇っていた。布団の中に審神者の姿はなかった。ああこんなに眠ったのか、と思いながら、不安が夜気のように、しんと三日月の両肩に下りるのを感じた。審神者はどこに行ってしまったのか。俺を見捨てて、他の刀のところに行ってしまったのではないか。ゆっくり立ち上がり、障子を開けて縁側に出ると、審神者が廊下の奥を静かに歩いていた。
「三日月、おはよう」
審神者は三日月に笑いかけた。三日月は胸がいっぱいになり、審神者の着物に顔を埋める。
「よく眠っていたから起こさなかったよ、あんなに気持ちよさそうに眠っている三日月を見たのは久しぶりだったから……どうした、泣かないでくれ」
審神者は困ったように笑った。三日月は波立っていた自分の心が静かに凪ぐのがわかった。けれど同時に、起こしてくれればよかったのに、と胸の奥から黒い水のように言葉が滲む。主のいない不安を一瞬でも味わうのなら、眠ったりなんてしない方がよかった。

審神者はどの刀に対しても平等だった。完璧で厳格で、孤独だった。三日月と寝所を共にし始めたのは彼が三日月を好きだからというより、審神者といないと三日月のほうが参ってしまうからなのだった。戦闘に集中できなくなる三日月を気遣って審神者が始めたことなのに、それをえこひいきだと陰口を叩く刀もいることを、三日月はちゃんと知っていた。
時々三日月は考えることがある。審神者の一番になるにはどうしたらいいのか。他の刀がえこひいきだなんて言う気も起きないくらい、揺るぎない位置を獲得するには。審神者は隣で寝ていても、三日月と関係を持とうとすることはなかった。三日月はふっと悟った。気付いてしまえば、なんだこんなに簡単なことだったのか、と思った。

静かな夜だった。寝間着に着替えている審神者を眺めながらぼんやりとしていると、視線に気付いた審神者が微笑みかけた。
「今日もこちらに来るか、三日月」
「主、抱いてほしい」
審神者はかすかに笑い、三日月の腕をぐいと引いた。審神者の腕に倒れ込んだ三日月は、審神者を見上げようとしてそっと頭を押さえつけられる。心臓が音を立てるのを感じながら、三日月は身を固くした。
「三日月は思い詰めすぎる」
審神者の声を聞きながら、三日月はすっかり安らいで、ゆっくりと何かが鎮静していくのを感じていた。それでも審神者の匂いが漂うと、抱かれたい気持ちはいや増した。「主が好きだ」と呟いた声はかすれていた。
審神者の右手がそっと三日月の髪を撫でる。三日月は眠気をおぼえていた。うとうとと目蓋を閉じ、審神者に体重を預けた。

三日月はあまり寝ない。夜の更けた頃に床につき、夜明けと共に目を覚ます。審神者の腕の中で眠っていた頃は日が高くなるまで起きなかったが、別々の布団で寝るようになってから眠る時間が少なくなった。
「三日月、おはよう」
布団からむっくりと起き上がり、審神者が眠たげな声で言う。
「おはよう、主、よく眠っていたなあ」
三日月は微笑んだ。審神者が三日月を抱くことはなかった。三日月は自分の気持ちを封じることにして、眠っている審神者を眺めることを選んだ。審神者のいない目覚めにはもう耐えられそうになかった。
「ああ、よく寝たよ」
審神者も笑った。三日月は胸がいっぱいになり、思わず顔を伏せた。これでいい、と、三日月は自分に言い聞かせるようにささやいた。

 


 

審神者はおっさんだよ