あなたのためにうたうのがこれほどこわいものだとは

待っている気がした。静かな夜の森で、こんなに気を緩めて、なんの躊躇もなく両腕を広げた。それは理鶯がそれを待っている気がしたからで、けれどそれをすぐに引っ込めたのは左馬刻自身が恐ろしく感じたせいだった。
理鶯の顔を見ることはできなかった。気付いていなければいいと思った。それなのに理鶯は立ち上がり、座っている左馬刻を後ろから抱き締めた。背中側から伸びる両腕を恐ろしく感じないということが、生まれて初めてだという気がした。
「理鶯が欲しい」
「……小官は既に左馬刻のものだが」
穏やかに返事をする理鶯に、言ったなてめえ、全部だぞ、と囁く。
「死ぬまでだ」
「わかっている」
「一生飯作らせるかんな」
左馬刻は小さく息をつく。理鶯がかすかに意思のこもった声で呟いた。
「左馬刻も、小官を置いてどこかに行くのだけはやめてくれ」
「俺様がそんなことすると思うか?」
思う、と即答され、左馬刻は口をつぐむ。
「思うから、絶対に嫌だと貴殿に言い続ける」
この男はずっと待っていたのだと思った。左馬刻は目を閉じ、背中から伝わるかすかな温かさに身を委ねる。こんな気持ちになったのも、生まれて初めてだという気がした。

 


 

愛を自覚した左馬刻の話 腕を広げるのは昔小さなねむちゃんを呼ぶ時のポーズだったらいいなとかいう