あの人が死んだ

私もたまに付き合ったり、部活があって付き合わなかったりしているのだけれど、あれから時々真知は屋上にいる。
こうして屋上から下の景色を見ている時、この子は一体自分がどんな顔をしているか知っているのだろうか、と私は隣にいる真知を見ながら思った。半分伏せた瞳、たよりない鼻梁。それは一種の洗練された芸術のようであり、私は声をかけられない。今日は、綺麗な夕焼けだ。
「綺麗な夕陽」
真知は誰に言うでもなくぽつりと呟いた。うん、と私は返事をする。真知、今日はいつもよりブルーじゃん、と茶化してしまえたらどんなにいいだろうと思った。
「たとえばさ」
うん、と私はまた返事をした。真知は下の景色から目を離さずに続ける。
「たとえば、今この鉄柵がぽきって折れて、わたしが落ちたら、どうなるんだろう」
私は思わず鉄柵にもたれかかっている細い身体を見た。視線を上にすべらせて真知の横顔を見る。夕陽に照らされた頬は嘘のように美しかった。
「死ぬって、どういうことなんだろう……」
聞こえないくらいの声で真知は言った。あれから、屋上から下を見る真知は今にも飛び降りてしまいそうな顔をしている。風が吹き、真知の高い位置にあるふんわりとしたポニーテールを揺らす。私は、と呟いた声はかすれていた。
「私は、そんなのやだからね」
死ぬほど緊張しながら私は言った。真知がのろのろとこっちを向く。真知が何かしゃべる前に、走って逃げてしまいたいと思った。それでも言わなきゃいけないと思い、私は口を開く。
「荒垣先輩もいなくなっちゃって、真知までいなくなるなんてやだからね」
真知はすこし笑い、それから鉄柵におでこをくっつけた。へたくそな笑い方だと思った。
「……ごめん」
真知が呟いた声は震えていた。鉄柵におでこをくっつけたまま大きくしゃくりあげる。普段あまり感情をあらわにしない真知が見せた、まっすぐな気持ち。私はわけもなく動揺した。真知が泣くところを見るのなんて、初めてだった。
「わかってるのに、こんなことじゃだめなのに」
しゃがみ込んで苦しそうに嗚咽する真知を私は痛々しい気持ちで見遣る。この子は屋上で、いつもこんな風に自分を責め続けているのだろうか……。私は思うことすらためらわれるような不謹慎な気持ちが胸を満たすのを感じる。
荒垣先輩、お願いだからこの弱い真知をこれ以上苦しめないでください。
私は目を伏せた。そんなことを思うなんて、甚だおこがましいことだと思った。そうしてどうしようもないことに、私は荒垣先輩のように「泣くな」なんて言うこともできずに隣でじっとしている。うずくまって震える真知の背中に触れることすらできないのだ。綺麗だった夕陽はいつの間にか落ち、夜空のはじまりには星が輝きはじめている。十一月の風はうつくしくつめたく、私は自分の両肩を抱いて震えた。

 


 

荒垣先輩死亡ルート