どうしようもない子供

真知は子供だ。これについては真知を知っている人間の誰とも意見の一致を見ていないが、確かに真知はほんの子供だ。たとえばにっこりとした無防備なようでいて隙のない笑顔だとか、制服のスカートからのびたすらりとした足だとかを見ていると、大人っぽいしゃんとしたまっとうな人間に見えるかもしれない。けれど私は知っている。真知は面倒くさがりの大嘘つきで、リーダーのくせに格好悪くて、子供なのだ。

「真知ー、いつまで拗ねてんの」
私は真知の部屋の扉をノックした。今頃ふてくされて机に突っ伏しているか寝ているかだろう。少し経って、ドアを細く開けて黙って目だけのぞかせた。
「一緒に食べよう」
コンビ二の袋の中のケーキを見せながら私は言った。真知はドアを開き、うん、と言った。

「でもゆかりが人のケーキを勝手に食べちゃうような人だとは思わなかった」
黙々とケーキを食べていたがしばらくして真知は呟いた。それを言うなら、と私は言う。
「それを言うなら、私だって真知がケーキにそんなに執着するなんて思わなかったよ」
普段、物にも人にも執着なんて見せたことがないのに、と喉まで出かかった言葉を飲み込む。
「……そんなに好きってわけじゃないけど、意地になっちゃって」
私は胸がちくりと痛むのを感じた。嘘だ。本当のことを言うのが億劫なのだろう。面倒くさがりの大嘘つき。わたしだってケーキ好きだもん、と冗談めかせてでも言えばいいのに。
「ふーん」
私はどうでもいい風を装って言った。私は真知のように嘘をつくのが上手ではない。
「でも、ありがとうね、ゆかり」
真知はにっこり笑って言った。いつの間にかケーキを食べ終えている。ううん、べつに、と私は答える。
「……こんなわたしに構ってくれて、ありがとうね」
私は驚いて真知を見た。なに言ってんのよ、と軽く言ったが、うまく響いたかどうかはわからない。ケーキが食べられなくて拗ねて、嘘をついて、急にしんみりしたりして、格好悪い、格好悪い格好悪い。私は涙ぐみそうになりあわてて上を向く。
「あー、おなかいっぱい」
満足そうに真知は言った。さっきのしんみりなんて忘れてしまったみたいに。私は、大人びているふりをして、どこかがいつまでも子供のようなこの友達のことを思った。親がいなくて、急に転がり込んできたおかしな転校生で、リーダーなんて柄にもないことやらされて――。
「私の前では、子供でいてもいいから」
真知はきょとんとして私を見た。私は顔が熱くなるのを感じ、自分は一体何を言っているんだろうと思う。慌ててごまかそうとすると、真知が口を開いた。
「敵わないな、ゆかりには」
かなわないよ、と自分の膝を見ながら真知は繰り返す。その横顔は今まで見たことがないほど大人びていて私は心底ぞっとした。
「ありがとう」
真知はぽつりと呟く。赤茶色の髪の毛がかすかに震えていて、私はたまらなくなり真知を抱きしめた。
真知の身体は想像していたよりずっと細くちいさかった。今にも腕をすり抜けてしまいそうな気がして私はぎゅうぎゅう真知を抱きしめる。真知が、ゆかり、と苦しげに呟くのも構わず、私はこぼれていく何かをかき抱くようなどうしようもない気持ちで真知を抱きしめていた。

 


 

暮れる