こんな彼氏は嫌だ

勃たない、ということがある男だとは思っていなかった。いつだって左馬刻の求めには従順に応じたし、後ろから抱き締めても驚くことなく息をもらした。えりあしに顔をこすりつけられるのが好きらしく、そのまま匂いを嗅ぐと嬉しそうに身を震わせた。後にしてくれ、というのは了解の返事で、その証拠に後で準備をしていないことはなかった。

「理鶯」
今日は後にしてくれと言われたわけではない。けれど珍しく突然部屋に来た彼がひどく疲労しているようだったので、尋常ではない様子に驚いたのは事実だった。左馬刻に会いたいと思って来た、とかすれた声で呟く理鶯を抱き止め、力の抜けた彼をベッドに横たえるとそのまま寝息を立て始めた。
眠っている男を寒空の下に放り出すわけにもいかず、理不尽さと苛立ちを感じながらもわずかに心を動かされた。それは瞬時に彼への愛おしさに取って代わり、こいつが起きたら掘らせようと思ってシャワーを浴びた。
「り~お」
うつ伏せに寝そべっている大きな背中を叩いても、横を向けるようにして股間のあたりを探っても、寝言のような声を漏らしてわずかに目を開けるだけだった。眠たげな瞳が左馬刻を認識し、抱き寄せようとする腕を避けるともう目蓋を閉じていた。陰茎は一向に硬くならず、彼の規則正しい寝息を聞きながら、この男は本当に休息を求めているのだと解った。そう思うと自分を前にして眠っている理鶯がどうしようもなく腹立たしく、それでも眠っている男と交わるという趣味はなく、どう発散していいのかわからない欲望を持て余していた。
彼の顔を覗き込む。伏せられた長い睫毛が今にも持ち上がる気がした。青い虹彩がすうっと像を結び、左馬刻を捉えて微笑むのを想像した。正体のよくわからない欲望が揺らめき、左馬刻は勃起した自分の陰茎に右手を伸ばす。添えた手を突き動かされるように動かし、左腕で眠ったままの彼を仰向けに転がす。彼のやわらかな陰茎のあるあたりに欲望を吐き出すと、それが灰色の軍服の上でふるっと震えた気がした。
左馬刻は満足して彼の隣に横たわる。明日こいつがどんな顔をするだろうと思うとただ楽しみだった。

翌朝目覚めると隣に理鶯は居なかった。早起きだからいつもの通り先に起きて食事を用意しているだろうと思い、寝ぼけた頭でキッチンへ向かう。彼の姿はなかった。
「理鶯?」
玄関を覗くと靴はまだあった。トイレにも理鶯はおらず、かすかに水音のする浴室を開ける。浴室にむこうを向いて立っている彼を見とめ、左馬刻は後ろから勢いよく抱き締める。
「理鶯、腹減った」
えりあしに顔をこすりつけて匂いを嗅ぐ。浴室の湿度のせいで普段よりもしっとりとしていた。理鶯は返事をせず、普段のように左馬刻を振り返ることもなかった。
「んだよ、りお……」
顔を離して彼の表情を覗き込む。理鶯の頬は赤みを帯び、彼が恥を感じているのだと解った。興奮したかよ、と囁くと、理鶯はわずかに顔を背ける。
「小官は、自分がこんなことを考えているとは思わなかった」
震える声に、左馬刻は理鶯の次の言葉を待つ。この男は何か勘違いをしている気がした。
「左馬刻に会いたいと思って来た、顔を見たら安心した、眠りながら、嫌がる貴殿を無理やり抱く夢を見た」
今、貴殿の顔を見ることはできない……、と絞り出す理鶯の右手に軍服が握られていた。あれを自分の精液だと思い込んでいるのだと思うと、今すぐこの男を組み敷きたい欲望に駆られた。
「……まあそういうこともあんだろ、実際やったら殺すけどな」
けれど理鶯を押し倒すことなく、左馬刻は毒気を抜かれた気持ちで呟く。初めて出会う類の善良さに、何かが溶け出したようだった。彼の肩のあたりに顔を埋めながら、次は上か下か選ばせてやろう、と思った。

 


 

めんどくせえ男だな