どうしても落とした

霧は晴れない。見えない細かい水の球が口からも鼻からも入り込んで私を内側から静かに圧迫する。かつてはこの街が一面見渡せた高台。私はここで待っているけれど、この霧では何も見えやしない。
「(……静かだなぁ)」
昨日、先輩が帰るのでみんなで見送りに行った。先輩は微笑んでいて、みんなは寂しそうだった。もちろん私も寂しかったし遊びに来てほしいとも思った。先輩の背中には微かな罪の匂いが滲んでいて、私は絶望的な気持ちになる。
罪。
あれは本当に罪と呼ぶにふさわしい。私は今でもありありと思い出すことができる。暴れないあいつを抱きかかえた先輩の暗い光をたたえた目、花村先輩の狂気さえはらんだおそろしい横顔。私は身震いした。あそこで、私が先輩を突き飛ばしてでも止めていれば――。
やめよう。後悔をするためにここにいるわけではない。私はただ、待っているのだ。
あれから私は全く学校生活に身が入らない。授業の時や廊下なんかでみんなとすれ違うと思うのだ。私たちは、共犯者だ。みんな――直斗だったり完二だったり、先輩たちだったり――は世間話などをしてそそくさと離れていく。私は知っている。みんなも恐れているのだ。あの話題は巧みに避けられ、過去になって埋もれてゆく。それでもあの時のことは、みんなの中に暗い影を落とすのだろう。
私は目を閉じた。高いところなので少し肌寒い。カーディガン持ってくればよかったな、とぼんやりと思う。それでも私は待ち続けなければならない。何を?私は初めてそのことに思い当たる。
それからあの子も死んでしまった。先輩のいとこの、菜々子ちゃん。いつも着ているピンクが似合っていて、笑うと可愛い子だった。あんな小さな女の子まで手にかけたあの犯人……。その時はずいぶん憎く思ったものだが、今はただ虚しい。犯人が死んでも、私たちが手にかけても、結局何も癒えはしないのだ。カタキ討ったよ。でも菜々子ちゃん優しいから、喜ばないかな。そう言った花村先輩の心底辛そうな声を聞き、私たちは一体何をしているのだろう、と薄ら寒いような気持ちで思った。
後悔をしたいわけではないのに、またそんなことを思ってしまう。もうこれは仕方無いことなのだ。先輩が、私たちが、選んだ結末なのだから。
待てど暮らせどそれは来ない。風が強くなってきたし、寒い。風がこの霧をすっかり吹き飛ばしてくれたらいいのに……。私は窒息してしまいそうになる。そうして、もう自分が何を待っているのか思い出せなくなってしまった、と思う。……嘘。ほんとは覚えてる。ただ忘れてしまいたいだけだ。
私たちは共犯者だ。誰にもばれはしないけれど、だからこそ、私たちのどこか見えないところを黒く重いもので満たしていく。

私は待っている。
許される時を、待っている。

 


 

あのEDの花村が同調圧力という概念の擬人化だったよねっていう話