まぶしさ

「なー独歩ちんいつセンセーに告んの、俺っち待ちくたびれたんだけど」
味噌汁に口をつけ、何でお前が待ちくたびれるんだよと呟く。今日の油揚げはいつものよりちょっと油っぽい気がする。見上げた一二三の表情は、本当に俺を心配していた。
何も言えず俺はため息をつく。油揚げがいつものと違う気がすると口に出そうとしてやめた。話を逸らすにしても、一二三を傷付けるつもりは無かった。明日の夕食がどうなるかわからないし、もうスーツもアイロンしてもらえないかも知れない。こないだ新しくなっていたアイロンは、どこに電源ボタンがあるのか分からない。そうしたら俺は会社に行けない。そうしたら、どうしよう。
「独歩!」
一二三の声に俺は顔を上げる。呆れたように微笑み、また考えすぎてる、と俺の肩をぽんと叩く。俺は目を伏せ、味噌汁を口に含む。
「……すまん」
「謝んなって、つーか独歩は気にしすぎ」
それも独歩ちんの魅力だけどな~と鼻歌をうたいながら立ち上がる。コンロの鍋を覗き込む後ろ姿を眺め、こいつ以上に嫌味なくさらっと他人を褒める人間を見たことがない、と思う。自分と真逆のもので構成されている男の存在に、俺は何度でも驚く。
「独歩、明日は弁当?」
「欲しい」
答えてから気付き、いつもすまん、と小さく付け足す。ダイニングに戻ってきた一二三は、今までで一番真剣な表情をしていた。
「……独歩ちん、早く告んないと魔法使いになっちゃうよ」
「お前には言われたくないんだが……ん? 一二三なんで知ってるんだよ」
「そりゃ親友ですから~」
一二三は邪気なく笑った。そうかと考えることをやめてしまうことが、なんだか薄ら寒い気がした。今までずっと隣にこいつがいた。毎日を忙しく過ごして、それについて疑問を持つことはなかった。先生のことを相談した時だって、ぱっと笑顔になり、応援するよ独歩ちんの恋路、と身を乗り出した。
先生を好きなのかどうか、本当のところはもうわからない。俺はあの時、一二三に甘えたのだと思う。ちょっと傷付いて、不機嫌になって、そうなんだ、と言ってほしかった。一二三が俺に恋愛感情を抱いていることを、期待していたのだった。
「なあ一二三、本当はお前を好きなんだ」
するりと滑り出た声はおかしな具合に冴えて聞こえた。正面から見つめた一二三のきょとんとした表情は、なかなか可愛らしかった。
「は、はあ~!? 意味わかんね、独歩? え、なんで?」
一二三の頬がわずかに赤らむ。俺は気恥ずかしくなり、おどおどと目を逸らす。一体俺は何を遠回りしていたのか。味噌汁を飲み干し、油揚げがいつも以上においしい、と声を上げて立ち上がる。驚いていた一二三が、なんだよ独歩、と笑い出す。
「気付くのおせーし……」
俯いた一二三の耳が赤く染まっていた。二人揃って、魔法使いになることは無さそうだった。

 


 

お幸せにね