死が二人を別つまで

しばらく理鶯を見ていない。見ていない、というのも妙だが、この頃は仕事が忙しかった。いつも放っておけばそのうち会いに来るので放っておいた。そうしたら見なくなった。
午前五時。不穏な夢を見て目を覚ました。左馬刻は時々、理鶯が本当に存在していたのかわからなくなることがある。カーテンの隙間からわずかに入る朝の光を左馬刻はぼんやり眺める。カーテンを開けようかと思って、やめた。玄関から外に出て、ゆうべの温度がまだ残っているような空気を感じ取る。夏があまり好きではないと、いつか理鶯が言っていた気がする。
車を出して森の方に向かう。見てはいけないと禁止されたものをただ見たかった。

テントを開けると理鶯が眠っていた。呼吸に合わせて掛布がわずかに上下している。普段なら背中を叩いて起こすところだが、今日の理鶯はいかにも苦しそうで伸ばした右手を引っ込める。だいたいここは暑すぎる、と思う。これでは治るものも治らない。
「……左馬刻」
ぼんやり目を開け、理鶯がかすれた声を出す。ん、と返事をすると、わずかに目元を緩めて笑う。
「最後に見た顔が貴殿で、小官は嬉しい」
「こんなとこで死んでみろ、殺すぞ」
ふふ、と小さく笑う理鶯を眺め、左馬刻は目を伏せる。すぐに寝息が聞こえ、左馬刻はひとり取り残される。静かな森の匂いと、遠くに聞こえる鳥の声。ここで死んだら、肉体が正しく土に還る気がした。
左馬刻は理鶯の横にどっかりと座る。理鶯が目を覚ます気配はなかった。目を瞬いてあくびを飲み込む。眠るということが今日ほど恐ろしい日はなかった。

「おはよう、左馬刻」
上から降ってくる理鶯の声に、左馬刻は驚いて目を開ける。空気がやわらかで、テントの向こうは夕方なのだとわかった。
「……ん」
むっくりと上半身を起こす。朝よりはやや具合のよさそうな理鶯の様子に、左馬刻は小さく息をつく。
「夕餉を作ろうと思う」
「……いらねえ、帰る、無理すんな」
そうか、わかった、とわずかに肩を落とした理鶯を眺め、理鶯が確かに存在していることを左馬刻は確認する。きっとこいつは誰にも知られずにひっそり土に還りたがるだろう。左馬刻はふっと笑う。俺は、それを絶対に許さない。
テントから出てゆっくり呼吸をする。肺にあまり息が満たない気がした。抱え込んでしまったものの重量で身動きが取れない。他人を信じるということがこんなに難しいことだと、左馬刻は知らなかった。

 


 

即興二次小説トレーニングから「大きな風邪」 1時間(加筆修正10分)