女共のゲームを出し抜けなかったバドエン

ぽたりと頬に雨が落ちる。今日は朝から薄曇りで、いつ降り始めてもおかしくなかった。理鶯は空を見上げて立ち上がる。軍服の腿をはたくと、湿った土の匂いがふっと立ち上った。
今日は灰色。雨が止むまでぼんやりする日。ほんの二年前まで自分が目的を持って行動していたということを、今や理鶯は信じられない。生まれてからずっとこうしていた気がする。起きて、料理をして、食事をして、眠る。遠くの鳥の声を聞き、濡れた青葉を眺め、また眠る。

遠くに左馬刻の姿を見つけ、理鶯は身体を彼の方に向ける。わずかに微笑んで腕を広げると、彼もふっと笑った。近付き、理鶯の腕に身を預ける。ふーっと深く息をつき、理鶯の胸に頬をわずかにすり寄せるようにして動かす。
「嫌な夢見ちまった」
くぐもった声で呟いた左馬刻の背をそっと叩く。かつてこの背を追ったこともあった。あの日々が本当に存在したのかどうかさえ、理鶯はもはやどうだってよくなっている。
雨が左馬刻の髪を湿らせる。冷えるだろう、と言おうとして口を開く。喉に何かがつっかえて声が出なかった。理鶯は少しの間のあと、無理やりに唾を呑み込む。喋る必要が無いと、声なんて簡単に出なくなるのだった。

今の彼に小指は無い。謳う必要も、もうない。二年前、そびえる壁を絶望的な気持ちで見上げた。果たして彼の妹がどうなったのか理鶯は知らない。
「理鶯、俺、もう、」
彼が肩を震わせる。言うな、と理鶯は強く願った。自分の喉に何が詰まっているのか、理鶯にはわからない。
今日は灰色。雨が止むまでぼんやりする日。震える左馬刻の背をそっと撫で、理鶯はゆっくり目を閉ざした。

 


 

愛してくれと言ってくれ