わが世の春

この頃理鶯がよく笑う。桜の花がほころんで、朝夕の空気がやわらかな分量を含む季節。助手席をそっと窺うと、わずかに窓を開けていた。埠頭が近い。俺はまだ慣れないのに、理鶯の方が先に慣れている気がする。舌打ちをしてアクセルを踏み込む。かき混ぜられた車内の温度に、潮の匂いが入り込んだ。

横付けした車から降りる。息が詰まるほどの海の匂いが口からも鼻からも入り込む。埠頭の端の方にゆっくり歩み寄る理鶯の背を見つめ、そっと煙草を取り出す。火を点けると、今にも横からあいつが顔を出す気がした。
「もう五年だぞ」
顔を上げると、理鶯が俺を見ていた。いつもの通りに穏やかな、何の不安も戸惑いもない、満ち足りた人間のする表情。
どうしてお前は、お前らは。下を向くと、たよりない革靴の足元が目に入る。お前らのようには、一生なれないのだとわかっていた。

 


 

ヨコハマの海に散骨してるといいなと思って書いた