イチャイチャという単語を覚えた話

「左馬刻、イチャイチャしたい」
思わず理鶯の真剣な表情を見つめる。シャワー浴びて来いよと口にしようとした時だった。今日はそういう気分なんだなと思い、俺はベッドの端に座った理鶯を見つめる。
「ん、女呼ぶか」
理鶯が斜め下を見て黙り込む。こいつは不満を感じると静かになる。ジーンズから携帯を取り出したところで、左馬刻とイチャイチャしたい、と呟いた。
俺は理鶯を振り返る。理鶯も俺をじっと見ていた。俺はため息をつき、ベッドの端に歩み寄る。
「随分欲張りさんになったじゃねえか」
右足で理鶯の股間のあたりを探ってやると、わずかに両脚を閉じようとする。足の裏に伝わる感触はやわらかなままだった。理鶯がじっと俺の顔を見る。何が欲しいんだよ、と声を低めると、左馬刻が欲しい、と意思のこもった声で言う。へぇ、とわざとらしく返事をしたが、理鶯は黙ったままだった。
「そういうめんどくせえのは飽きたんだわ」
足を下ろして呟くと、ふいに理鶯が立ち上がる。突然でためらいのない動作に、心臓が飛び跳ねる心地がした。思わず理鶯の顔を見つめる。静かな瞳にわずかな驚きの色が浮かんでいた。何も言わず、いつものように腕を広げる。俺はゆっくり息をつき、あらためて理鶯を見つめる。
こいつの何が怖いのか、その理由が炙り出されるように輪郭を持つ。理鶯は腕を下ろすことなく俺を見つめる。女を呼ぶ気も理鶯を抱く気も失せてしまい、俺はぐっと拳を握りしめる。いま腕の中に身を預けることを、出来ないのではなくしないだけなのだと、誰かに証明してほしかった。

 


 

まだまだ時間がかかりそう