オイディプスとそれを呼ぶ

彼と暮らし始めて五年になる。自警団の警備隊に勤めていた彼に助けられたのが始まりだった。私はその時に彼を一目で好きになってしまった。その瞳に、夜空の星が閉じ込められた輝きを見た。
彼は人当たりがよく快活だった。異性と付き合ったことは無いと言った。自分で言うのもおかしな話だが、どうして私を選んだのかわからなかった。最初のうちは舞い上がったりもしたが、それでも五年も一緒に暮らせば見えてくることだってたくさんあった。私はこの頃、彼の瞳の星が翳りを帯びる気配を感じている。

それは蒸し暑い夏の日で、傾いた太陽のおかげでようやく買い物に出られるような気候だった。外に出ようと靴を履くと、彼が帰ってきた。早いねと言うと、墓参りに一緒に行かないかと彼は微笑む。
「誰の」
彼と誰かの墓参りに行ったことなんてなかった。
「警備隊の隊長」
ふうん、と私は頷く。私が靴を履いて玄関から立ち上がるのを彼が手助けした。日に日にお腹が重くなっているのがわかる。ありがとうと微笑むと、きみひとりの身体じゃないんだから、と彼ははにかんだ。

もう誰がどこに埋まっているのかわからない集団墓地にたどり着いた。とろんとした夕闇を背景にしてたくさんの石が並んでいる。彼は私の手を取り、迷うことなく歩を進める。石に書かれた名前は読み取れなかった。
「お世話になった人なの」
私はたずねた。彼は小さく息をついて、うん、と返事をした。
「この人は俺の憧れだった、十年くらい前かな、マギカイトで化物になって、皆を守るために俺が殺した」
私は返事をすることができなかった。彼からそんな話を聞いたことはなかった。
「この人の子供になりたかったって思ってた、でもそのことずうっと言えなくて、もう言葉も通じなくなって、どうにもならなかった」
彼はどうして私をこんなところに連れて来たのだろう。生ぬるい夏の夜気に胃からせり上がる何かを感じ、私は彼の肩を掴んだ。彼は驚いて私の身体を支える。石から顔を背けて私は地面に嘔吐した。
「……本当にごめん、帰ろう」

ベッドでまどろんでいると、彼が部屋の入り口から顔を出した。ご飯だよ、と微笑む。半身を起こしてベッドから下りようとすると、彼が小走りに駆け寄り私を手助けした。
「……あ、蹴った」
お腹の中で赤ちゃんが動く気配がした。彼がふっと私のお腹に手を伸ばす。私は唐突に理解した。彼は隊長に知らせたかったのだ。隊長の子供になりたかった彼が、今や子供を設けていること。親を手にかけてしまった後悔を、自分の子を育てることで打ち消そうとしていること。私は鼻の奥がツンと痛むのを感じた。彼が驚いて、今度は私の背を撫でる。この子が愛おしくて仕方ないと震える声で口に出すと、彼は、嬉しそうにうんと笑った。その瞳の奥に、きらめく星を私は見た。

 


 

if未来捏造 隊長の生命に関する最悪のシナリオがあると信じていた頃の