いつもごめんねレベッカさん

こういったことを今お前は望んでいないかも知れないが、と隊長は咳払いをした。え、と呟いて隊長を見上げる。肩に手が回され、くちびるに触れたものは柔らかだった。目を閉じる前に見た隊長の表情は緊張していて、確かに俺を見ていた。

「レベッカ俺さ、隊長とキスしたいんだ」
「……すれば?」
パーツを床に広げ、銃の手入れをしているレベッカは目を上げることなく呟いた。何が違うのかわからない部品をためつすがめつして組み替える。俺も銃の手入れはするけど、彼女ほどのこだわりは無い。散らばったネジを眺めていると、しばらくしてレベッカが口を開く。
「付き合ってるんでしょ、まだしてないの?」
「……そういうわけじゃないけど」
レベッカは目を上げて俺を見た。説明を求める瞳に、彼女の誠実さを感じた。
「したけど、もっとしたいんだ、でもいつどういう時にしたいって言えばいいのか解らなくて」
レベッカは目を閉じた。少しの間何かを考えるように黙り込み、やがて静かに目を開ける。
「あたしだったら自分からするけど」
俺はレベッカを見つめる。かすかに眉間にシワを寄せ、言葉を選ぶようにして呟いた。
「相手があの先輩だからね、やりづらいのは分かる……でも付き合ってる奴にそういう風に言われて、嫌な気持ちなんかにはならないと思うよ」
これ以上レベッカに甘えるのは恥ずかしい気がして、 そうかな、と俺は小さく呟く。頑張れよ、とかすかに笑みを浮かべ、レベッカは銃に目を戻した。

自分からするのが性に合っていると俺だって思っていた。付き合っている女の子の方から言わせるのは格好悪いと今でも信じている。けれど俺の恋人は大人の男だ。レベッカは女の子だけど、自分から求めることにためらいは無いらしい。俺は窓から夜空を眺め、両膝に顔を埋めた。隊長と初めてキスした時のことを思い出す。あの時隊長が言ったのはどういう意味だったんだろう。俺が望んでいないなんて、本当にそう思っているんだろうか……。考えても答えが見つかる気がしなかったので、寝床から立ち上がった。空気の澄んだ夜だ。外に出て、星を見たかった。

夜気はぬるかったが、気持ちはいくらか落ち着いた。満足して室内に戻ろうと後ろを振り返ると、隊長が立っていた。俺は驚いてしまい、何も言えずに隊長を見つめた。
「油断しすぎだ」
隊長は部下の俺を見る目で呟いた。う、と小声で返事をして目を伏せる。隊長も何も言わないので、居心地の悪い間が出来た。
「星を見るのが好きなのか」
いくらかやわらかなトーンで隊長は問いかける。うん、と俺は小さい声でささやく。
「もやもやした時、星を見てると安らぐっていうか、小さい頃からなんだ」
隊長は押し黙った。自分が今もやもやしていると隊長に言ってしまい、どうしたらいいのか分からなかった。
「あのさ、俺あんたとキスしたい」
口にしてから俺は怯えた。今ここでキスしろという意味にしか聞こえないと思った。慌てて弁解しようとすると、そうか、と隊長はしみじみと呟く。
「そんな思いをさせて、すまなかった」
俺は隊長を見上げる。隊長は苦々しい表情をしていた。俺の言ったことを、彼は理解したのだとわかった。少しだけ背伸びをして隊長のくちびるに口付ける。顔を離すと、隊長は驚いたように俺を見つめた。
「……俺は女の子でも子供でもないし、あんたの恋人だから」
隊長は目を閉じ、片手で頭を抱える。彼の次の言葉を聞くのを、俺は怖いと思った。
「……お前を可愛いと思っているのは俺の方ばかりかも知れない。もしも本当にそうだった時に格好がつかん、俺の臆病がお前をそんな気持ちにさせるとは思わなかった」
隊長の言葉を聞きながら俺は顔を伏せた。涙ぐんでしまい、彼の顔を見ることはできなかった。
「年を重ねて、増えるのは怖いものばかりだ」
ぽつりと呟いた隊長の左手を俺はそっと取る。愛しい、と伝えたかった。握り返すあたたかな手のひらの温度に、俺は確かに安心した。今度は解ったのでゆっくり顔を上げる。目を閉じると、隊長は俺に口付けた。

マグカップを渡しながら、俺はレベッカを見つめる。こないだはありがとな、と笑いかけると、レベッカはコーヒーに口を付けて一口飲んだ。
「うまくいったんだ」
「だろうね」
呟き、彼女はすました顔で喉を動かす。無防備な白い喉を、俺は穏やかな気持ちで見つめた。
「あんたは分かりやすいし、先輩もここんとこ元気だし、あんた達ほんと、しょうもないことで悩んでるんだって思うわ」
俺は驚いてレベッカを見る。呆れたような声なのに瞳は優しかった。じわじわと怖くなり、ばれてるかな、と彼女にたずねる。
「ばれてるばれてる、全員知ってると思うよ」
空のマグカップをテーブルに置き、くるりと背を向けたレベッカを何も言えずに見つめた。彼女の言うことが本当なのか冗談なのか判断がつかなかった。レベッカが出て行き、閉まった扉を見ながら俺はテーブルに突っ伏す。女の子には敵わないという言葉の意味を、俺は唐突に理解した。

 


 

遠慮する隊長と距離感を掴みかねているジャスのブラジャス