プレタポルテ

後ろから肩をぶつけられ、慌てて前を向く。信号が青になっていた。ぶつかったことに気付かない様子で横を通り過ぎるスーツの背。雑踏が急に普段の様子を取り戻す。
帝統は横断歩道の白い線を踏んだ。白い線以外を踏んだら死ぬ。ガキの頃やったろそういう遊び、と笑った時、どんな返答をしたのか覚えていない。白い線だけを踏み、帝統は横断歩道の向こう側に辿り着く。こんなに簡単なことが、どうしてあいつにできなかったのかわからない。

水色にオレンジを流し込んだような薄暮れで、ガード上を通る電車の音が規則正しく耳に届いた。ひとりだったが、今までひとりじゃなかったことなんて無かったと思い直す。壁に背をもたせて座り込み、車の走る道路を眺める。先のことも前のことも、いま二人と一緒にいるうちは、まあいいか、と思った。向こう側の壁に描かれた落書きを眺め、ヘタクソだと思い少し笑った。乱数ならもっと鮮やかで、目の覚めるような色を使うだろう。
背伸びをして寝っ転がる。辛気臭いのは苦手だった。立ち上がって公園に行くか、ここで夜まで眠るか、考えるのも億劫だった。

目蓋を開けると辺りはすっかり暗くなっていた。よく寝た、と思い、帝統はがばっと立ち上がる。
飴がなかった。あいつは飴を欲しがらなかった。だから探すこともしなかった。電池が切れるように大きな瞳がゆっくり伏せられる様子を今でも思い出せる。あんなにきれいなものを、帝統はほかに知らない。
横断歩道の、永遠に続くような白い線を眺める。赤い信号を見つめ、帝統は少し笑う。今までひとりじゃなかったことなんて無かったはずなのに、このわだかまっている感情はなんだろう。白い線だけを踏んで歩く。白い線以外を踏んだら死ぬ。見つめていた信号がぱっと青に変わる。静かに息を吸い、帝統は足を踏み出した。

 


 

ARBのサグライフらむだちゃんウッ…(喉が詰まる)ってなる