神の子どもたちはみな踊る

ぎい、と音が響く。重たい木の扉を開けると、教会の中は外の明るさがうそのように静かで冷たい。陰気で薄ら寒いと思ったこともあった。けれど今は、教会が重々しくも威厳のある雰囲気をたたえているのは、朝も夜もたくさんの人の運命を見つめてきたからなのだとジャスティンは思っていた。
「ジャスティンさん」
像の前に跪いていた人影が振り返って立ち上がる。ぱっと笑顔になり、ジャスティンの方へ歩み寄った。
「ごめん、アリア、邪魔したかな」
「いいえ、……お久しぶりですね」
アリアは目を細めて微笑んだ。この少女が笑う時、ほんとうに嬉しそうな笑顔をするのがジャスティンは好きだった。
「この間はありがとな」
アリアはかすかに顔を伏せ、ゆっくり首を横に振る。ステンドグラスから射し込んだ光が、彼女の細い髪にあたってきらめいた。
「気持ちは楽になりましたか」
アリアの優しい眼差しに、ジャスティンは目を伏せた。あれからやっぱり悩んでさ、と静かに口を開く。
「兄弟をやり直せたらいいのにとか、やっぱりあいつを救うことができてたらとか、そんなことばっかり考えてる」
暗い告解室で、格子の向こうにいるアリアに後悔を告白した日のことを思っていた。時折届くアリアの短い返事は天の啓示だった。それなのにジャスティンは、少しも許された気がしなかった。
「転んだ俺に手を貸したあいつは何を思ってたんだろうって」
アリアが静かに目を閉じた。ごめん、こんなこと、とジャスティンは慌てて口を開く。アリアは小さく息をつき、言葉を選ぶようにしてささやいた。
「ジャスティンさんは、どうにもならないことだと思い、それをわかっているのだと思います」
ジャスティンはアリアを見つめた。日が陰り、ステンドグラスから射す光が弱くなった。
「あなたが許されていないこと、痛いほどよくわかります、告解室は何の役にも立ちません」
よどみなくアリアは続けた。そんなことは、と言いかけ、ジャスティンは口をつぐんだ。アリアは目元だけでかすかに笑い、静かに呟く。
「私に何か言えることも、もちろんありません、けれど、あなたたちの幸せを祈ります」
ジャスティンは小さく息を呑んだ。アリアの眼差しは遠い記憶の中の母親のようだった。あなた、ではなく、あなたたち、と口にしたアリアの声が、やさしい雨のように静かに沁みた。
ジャスティンはゆっくり顔を伏せる。告解室の格子の向こう、そこにいるのが兄だったなら、兄に向けて後悔を口にしたなら、いまジャスティンは許されていただろうか。けれどそんなことを思うのも、どうにもならないことだともちろん解っていた。
「……お祈りをしていきませんか」
アリアがささやくように、けれどかすかに意志を込めて言う。ジャスティンは迷うことなくその場に跪いた。
天にまします我らの父よ、悩んで立ち止まって、いつだって気付いた時には手遅れだった。やり直せないこと、どうにもならないことだってあった。きっとこれからも、数え切れないくらいあるだろう。
それでも、とジャスティンは思う。それでも、幸せを祈ることは許される。ジャスティンは、教会は静かで厳かで、立派だ、と思った。朝も夜も、たくさんの人の運命を見つめて。

 


 

リベル7章まで公開された直後に勢いで書いた