万華鏡、きらり

「アリア! こっち~!」
薄闇の中、大きく手を振る少女を見とめ、アリアはほっとして彼女のもとへ駆け寄る。久しぶりに出会った笑顔はまさしく懐かしい彼女だった。お久しぶりですね、ミーシャさん、とアリアは微笑んだ。
「もー、迷子になってるかと思ったよ」
「ごめんなさい、慣れなくて、着るのに時間がかかってしまって」
ミーシャはアリアの纏っている衣服を上から下まで眺めた。浴衣という名称なのだと、アリアも今日初めて知った。猫のように目を細めて笑ったミーシャをアリアは見つめる。これは彼女が何か楽しいことを考えている時の顔だ。
「ど、どこか変ですか」
「いやあ、今日のアリアは一段と可愛いねえ」
さも意味ありげな表情を浮かべ、ミーシャはアリアの隣に立つ。行こ、あたしたちが最後かも、と邪気なく笑った。
アリアがオリヴァーから連絡を受け取ったのは一週間前だった。今度ささやかな祭があるから会いたい、皆に声をかけているということだった。アリアはその時、日々の忙しさで緊張した心が懐かしさにふっと緩むのを感じた。それから彼のことを思い出した。アリアは彼を思う時、いつも教会のステンドグラスを思い出す。射し込む光と見る角度で受ける印象がまるで変わるあの窓は、彼そのものだった。

ぬるい夜風が頬を撫でる。祭というものもアリアはオリヴァーから聞いて初めて知った。人々が集まり、賑やかで、皆が満ち足りているように見える。通りに一際賑やかな露店があり、隣を歩いていたミーシャが足を止めた。
「わ、射的屋」
模造銃を撃つ小気味良い音と人々の歓声が響く。ミーシャが集まった人々の外れから円の中心の方を見ようと、背伸びをして片目を細める。アリアもつま先立ちになって見ると、アリアやミーシャと同じくらいの年齢の少女が銃を構えて的を狙っていた。
「弾を使い過ぎだ……そうだ、次はよく狙え、一発で仕留めろ」
銃を構えた少女の少し後ろに立っている男が静かに呟いた。少女が集中しているのがわかった。見守っている人々が息を詰める。次の瞬間、少女は勢いよくスコープから目を離して叫んだ。
「……あー! こんなの向いてないっす!」
銃を構えるための台に片足を乗せ、模造銃を派手に撃つ。人々の緊張が解け、笑いがはじける。後ろの男が片足を下ろせと叫んでいるのが聞こえた。
「あの人たち、めちゃくちゃ満喫してるじゃん……」
ミーシャが呆れたように呟く。アリアも微笑ましい気持ちになり小さく笑った。待ち合わせの時間はもうすぐだった。ミーシャがそのまま進もうとするので、声をかけていかないのですかとアリアはたずねる。
「あの二人が遅れるわけないよ、それよりあたしたちも急がなきゃ」
小走りになったミーシャを追いかけるようにアリアも早足になる。人の波に流されそうになり、ミーシャの浴衣の裾を握った。急ぎ足のミーシャの背を眺めながら人ごみを抜けると、広場に出た。アリアが周りを見回すと、明るい声が後ろの方から聞こえた。
「宵闇ちゃん、シスター、久しぶり」
「……オリヴァーさん!」
アリアはオリヴァーのもとへ歩み寄った。彼は浴衣ではなく、ゆったりした膝までのずぼんのような服を纏っていた。ミーシャも隣に立ち、久しぶり、と笑う。オリヴァーがアリアを見つめ、うんうんと満足げに頷いた。
「いやあ、また綺麗になったんじゃない、ヴェール外したシスターもいいもんだね」
「オリヴァー、あたしは? あたしは?」
「うん、宵闇ちゃんもいいよ、馬子にも衣装だね」
「どういう意味よ!」
アリアがくすりと笑みをこぼすと、ふいに懐かしい彼の気配を感じた。アリアはふっと振り返る。そこに彼がいる確信があった。
「……久しぶり」
彼は笑った。光だ、とアリアは思った。

片手に持っていた、白い綿に棒がついたものを彼がアリアに手渡す。わたあめって言うんだって、おいしいからあげたくて買った、と笑う。わあ、ありがとうございますと微笑み、アリアは辺りを見渡した。ミーシャとオリヴァーの姿は見えなくなっていた。ふたりに思い遣られたのだと理解して、アリアは自分のつま先を眺める。
「今日は花火が上がるらしいよ」
花火、とアリアはジャスティンの言葉を繰り返す。うん、空に光が散ったみたいになってきれいなんだと微笑む。
「俺もオリヴァーから聞いて初めて知ったんだけどさ」
笑みをこぼした彼の表情が色を変えたのを、アリアは見逃さなかった。けれどそれには気付かなかったふりをして、へえ、楽しみですと頬を緩める。もらったわたあめに口をつけながら、彼が何を思っているのかなんとなくわかった気がして目を伏せた。

彼はかつて、自分の兄が死ぬところをただ見ていたことがあったらしい。アリアはその様子を目の当たりにしたわけではないが、後で彼の口から聞いた。アリアは驚かなかった。そうなっただろうと思っていたわけではなく、絞り出すように紡がれる彼の後悔を聞きながら、天の啓示のように、何かが腑に落ちるようにそうだと納得したのだった。
彼がふっと空を見上げる。あ、とささやきが聞こえ、夜空に大きく光が散る。アリアは隣のジャスティンをそっと窺った。上がった花火がその瞳に映り込み、きらりと輝いていた。
「先輩、始まっちゃってますよ!」
「オリヴァー! 早く!」
レベッカとミーシャの声がそれぞれ聞こえ、ジャスティンとアリアは集まった仲間たちを見る。自然と表情のゆるんだ彼を見て、アリアは穏やかな安心を覚えた。
再び空に花火が上がる。アリアはジャスティンのことを思った。射す光によって明るくなりも翳りもするステンドグラスを思い出す。仲間たちが見るのは彼のどんな面なのだろう。彼の兄は、彼のどんな面を見ていたのだろう。
綺麗だな、と空を見上げながらジャスティンがしみじみと呟いた。アリアは静かに目を伏せる。彼に射し、彼を照らす光になりたいと思った。

 


 

Twitterやってた頃にワンドロで書いた(2時間+加筆修正10分)