動く

黒い手が這い回る。シャツをまくり上げ、腹を撫でていた手が胸に伸びる。まただ、と思う。肌の普段は隠れている部分が、外気の冷たさにひやりとする。黒い手は胸全体を包むように撫で回し、硬くなった先端に触れる。ふっ、と小さく息が漏れ、諦めて目を開ける。粘ついた液体が理鶯の剥き出しの胸に滴った。

「……理鶯、理鶯!」
理鶯は驚いて目を開ける。覗き込んでいるのは左馬刻だった。理鶯は声の出なくなった錯覚に陥る。左馬刻の右手が額に落ちた前髪をかき上げる。小さな生き物に触れるような手つきに、理鶯の何かが鎮静する。
「さ、」
左馬刻は首を横に振った。喋らなくていい、と言われ、理鶯は淡く満たされる。額から伝わる手のひらの温度に、再び穏やかな眠気を感じた。
彼は理鶯が目を覚ますまでここにいる。そういう男だと知っている。こわばっていた身を動かし、左馬刻の方にわずかに寄る。背中を優しく叩かれ、理鶯は涙ぐむ。左馬刻でよかった。もう、ここはあのテントではなかった。

 


 

元彼の夢を見る