寂左

年上の男と二人きりになると緊張した。昔からだが、理由が特に思い当たらない。これといって不自由はなく、若いのに礼儀正しいと言われることも多かったので俺はそのままここまできた。女が政権を取ったあとは尚更、仕事柄男と接することの方が多かった。

先生が台所で、手元に目線を落として何かしている。覗き込んで声をかけたいような、あの背に顔を埋めたい、ような気がする。
「先生、俺がやります」
言いながら立ち上がると、先生が振り返る。声をかけられるなんて思ってもいなかったような表情をしてから、ありがとう、と微笑んだ。
「缶なんだけど、うまく開けられなくて」
輪っかに指を入れて引き上げると、先生がちょっと驚いて缶を見つめた。そうか、そうやって開けるんだね、と笑う。
「先生、物知らず過ぎんだろ」
「左馬刻くんに言われるとは思わなかったよ」
先生の声は心地いい。ふふ、と笑う先生の目元を眺め、俺はちょっと緊張して目を逸らす。先生が不思議そうに俺を見つめる気配を感じた。
「俺の両親……、心中、したんすけど」
「うん」
先生を見上げる。喉が急速に渇くような錯覚に陥った。
「……なんでも、ないです」
ん、と先生はかすかに笑う。俺は今、先生に何を求めたんだろう。指にはまったままの輪っかががいやに冷たい気がした。何回も味わって慣れたはずの諦めが、また刻まれたのだとわかった。

 


 

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