家に帰ると左馬刻がいた。両手で玄関のドアを叩いていたので、こら、と声をかける。
「近所迷惑なんだよお前は」
振り返った左馬刻の表情は捨てられた子供のようだった。俺はため息をつき、玄関の鍵を開ける。見ていられないと思うのにこいつを拒みきることができないのは、優しさというよりも弱さなのだと思う。革靴を脱ぎ、廊下の明かりを点ける。左馬刻が黙って玄関に上がる気配を感じながら、俺は小さく息をついた。

缶ビールを置いてやり、自分も缶を開ける。三口飲んで左馬刻を見る。まだ黙っているので、これはかなり時間がかかるパターンだ、と思った。
「殴っちまった」
ぽつりと呟く。どこまで、と尋ねると、歯、と無表情に声を出した。よく我慢したじゃねえか、と言おうとして、無責任だと思ってやめた。
「……今の奴は」
「一回目」
三ヶ月か。俺はそっと目を伏せ、左馬刻の缶ビールを開けてやる。左馬刻を愛してしまう男が時々いる。どこでどういう風にして知り合うのか俺は考えないことにしている。顔も知らない男たちに少し同情するだけだ。
左馬刻が缶に口をつける。うごめく白い喉仏を眺め、俺はなんとなく悲しくなる。毎回ひどく後悔するのだそうだ。難儀な性分だと思うが、それでも愛されることをよしとしてしまうのは左馬刻の弱さなのだろう。
缶をべしゃりと潰し、左馬刻が唐突に仰向けになる。あー、と声を出して大の字になり、俺の方に顔を向けた。
「銃兎、俺と付き合わねえ?」
「死んでも嫌だわ、逆にこの流れで付き合う奴がいると思うのすげーよ」
だよなあ、と左馬刻は力なく呟き、目蓋を閉じる。シャツの裾から臍が見えていて、俺はなんだかうんざりする。
「俺だって嫌だわ、こんな奴」
むこうを向いて背を丸める。こんな奴、というのは、きっと俺のことでは無いのだろう。
身から出た錆、という言葉を教えてやろうかと思って、面倒になってやめた。インテリは言うことが違うなと聞き流されるのが目に見えていた。左馬刻の手から潰れた缶を受け取り、ごみ箱に放る。きょう一日は泊めてやろう。きっと明日、俺が目を覚ます頃には、もとの場所に帰っている。俺は小さくため息をつき、缶の底に残っていた泡を飲み干した。

 


 

MTC結成前の話