薄暗闇

ノックをするとたっぷり三秒待って、なに、と言う声が聞こえた。わたし、と言うと、ドアを少し開けて目だけのぞかせる。ドアの向こうからは煌々とあかるい細い光が漏れていて、わたしはこの子がベッドに寄りかかり膝を抱えて悩んでいただろうことを思う。ゆかりはもう一度、なに、と言った。
「わたしの部屋、来ない」
ゆかりはしばらく考える。自分の部屋に呼びたかったのは相手の部屋にあがることを求めるのは失礼なのではないかと思ったからだった。
「ここじゃ駄目?」
不機嫌そうな声で言った。まだわたしからはゆかりの目しか見えない状態だったが、ゆかりが泣いていたことがわかった。わたしは少し考えるふりをする。
「あんまりよくない」
ふうん、とゆかりは答え、薄ピンク色のパジャマ姿で出てきた。
「行く」
わたしはほんのわずか笑い、ゆかりの前を歩いた。真夜中の寮はしんと静まりかえっていて、裸足のゆかりが絨毯を踏みしめる音だけが響いていた。

わたしはベッドに腰かけ、ゆかりにもベッドに座るように促した。ゆかりはなんとなく部屋の中を眺めていたがやがて下を向いて呟いた。
「真知の部屋入るの、初めて」
うん、とわたしは言った。わたしもゆかりの部屋初めて見た、と。遠くで鳥が鳴いているのが聞こえる。それで、なに?とゆかりは膝を抱えて言った。わたしは薄暗いような気持ちになる。
「用がなくちゃ、友達を部屋に呼んじゃだめなのかな」
ゆかりは黙っていた。何を考えているのかはわからなかったし、それを知ってしまうことに対しても怯えた。ゆかりは、桐条先輩のこと、と暗い声で言った。
「桐条先輩のこと、もう完全に疑ってかかってたわけじゃなくて、苦手だけど時々はいいところもあるなって」
そこまで言ってゆかりは膝に顔を埋めた。わたしはゆかりが泣いているのかもしれないと思い、背中に触れようとしてやめた。拒まれるのが、怖かった。そうして背中を撫でる代わりに、うん、と言った。
「ごめん、ちょっと……うまく言えない」
辛そうなゆかり。わたしは心を痛めた。人は絶望に触れた時、どうやって立ち直っていくのだろう。
「わたし励ますの苦手だし、何もできないけど」
ゆかりがちらりとこちらを見た。瞳は涙で潤んで赤くなっている。
「そばにはいてあげられるから」
ゆかりは、なに言ってんのよ、と呟いたが涙声だった。ちゃんとゆかりが解ってくれたのだとわたしにも解る。わたしがにっこり笑うのとゆかりの表情がみるみる歪むのと同時で、ゆかりはとうとう嗚咽を漏らした。わたしは今度こそ怯えずにゆかりの肩を抱き、大きくしゃくりあげるゆかりの震えがわたしに伝わる。どうぞこの子が絶望に溺れずに生きていけますように。私は心から祈った。

 


 

発売前に書いたもの