家族になろうよ

思えばジャスティンは家族というものに縁がなかった。天涯孤独だったというわけではない。けれど近所の子供と駆け回っていた幼い日、西の空からしずかに夕焼けが迫ると、いつもジャスティンはうっすら寂しくなった。おうちに帰らなきゃ、と笑う友達を眺め、自分も家に帰りたいふりをしていた。夕陽に赤く染まる地面を見つめて石を蹴る。本当は家に帰ってもジャスティンの居場所はなかった。

「隊長と家族になりたい」
その言葉はジャスティンの口からするりと滑り出た。その時ブラッドは机に向かってジャスティンからの報告を書き留めていた。ジャスティンの言葉に怪訝そうに目を上げたブラッドは、疲れているな、ゆっくり休め、と言い再び机の上の紙に目を戻した。
「疲れてなんかない、隊長、好きなんだ」
ジャスティンは自分が切羽詰まった顔をしているのがわかった。ブラッドはしばらく黙ってから、紙に目を落としたまま静かに口を開いた。
「それは勘違いだ、貴様のような部下は時々いる、今ではみな立派に家庭を築いている」
家庭、という言葉は、ジャスティンの中に砂を噛んでしまった時のようなざらつきを残した。ブラッドの態度はにべもなかった。これは断られる以前の段階だと思いジャスティンはうつむく。本当に家族になりたいことを、わかってもらえなかった。

休憩時間、座り込んでいるジャスティンを呼ぶ声があった。顔を上げると、レベッカが「よっ」と笑った。
「あんたも休憩?」
「そうだよ」
「元気ないじゃん」
ジャスティンは思わずレベッカを見つめた。レベッカの瞳には少しの好奇心と仲間を心配する色がのぞいていた。
「隊長にふられた」
「おっ、とうとう言ったんだ」
「俺みたいな部下は時々いるんだって、俺が隊長を好きなのは勘違いだって」
はー、わかってたけど絵に描いたような堅物だね、とレベッカは自分のこめかみのあたりに指をやった。
「勘違いじゃないし、俺はまだ諦めてない」
「ジャスティンさ、隊長のどういうとこが好きなの」
レベッカは単純な疑問を問いかけるように首を傾げた。ジャスティンは小さく微笑む。
「冷たく見えるけど本当は仲間思いなところ、強くてかっこいいのに、時々ふっとどこか遠くを見てるところ」
ブラッドは遠い過去を見ているのだとジャスティンは思っていた。レベッカが、ふうん、と神妙に頷く。
「うまくいくといいね」
人懐っこい笑顔で笑い、レベッカは立ち上がる。休憩終了の合図が鳴った。

二週間が経った。ブラッドはジャスティンの告白などなかったことのようにジャスティンに接した。ジャスティンは、こうなってしまったらもう実力行使しかないという考えを抱いていた。本当にブラッドを好きなことを、わかってもらわなければ始まらないと思った。

月の明るい夜だった。ジャスティンはブラッドの寝所にそっと入り込む。足音を殺してベッドの脇にたどり着き、ブラッドの寝顔を眺めた。かすかに眉根を寄せていて、短く刈り込まれた側頭部には少しの白髪が混じり始めていた。ジャスティンは胸が締め付けられるような気持ちになる。ベッドに膝を突くと、ブラッドが目を閉じたまま口を開いた。
「ジャスティン、貴様の部屋はここではないぞ」
「隊長、隣で寝たい」
ブラッドはゆっくり目を開けた。息をつき、諦めろ、部下のひとりに特別に肩入れすることはできない、とささやく。
「……父親の顔知らなくてさ、隊長の何もかもが新鮮なんだ」
ジャスティンは幼い日の夕焼け空を思い出しながら言った。ブラッドは横たわったままジャスティンを見上げる。しばらく黙っていたが、やがてそっと掛布をめくった。
「隊長」
ジャスティンが驚いて呟くと、ブラッドは自嘲気味に笑った。
「俺の子も、大きくなっていればちょうどお前くらいだ」
ブラッドのめくった掛布に身体をおさめながら、ジャスティンはブラッドを見る。聞いてはいけないことを聞いているような気持ちになった。
「大きくなっていれば、って」
「妻のお腹の中で死んだ。妻は暴漢に襲われた」
ジャスティンは自分の心臓が、うすっぺらな紙のように簡単に引き裂かれるのを感じた。震える声で、そんなことって、と呟く。
「俺は妻を殺したそいつを殺した、たとえ何度殺したとしても殺し足りないと思った、成人してすぐの頃のことだ」
ジャスティンはブラッドの横顔を眺める。今の自分と同じくらいの年齢だと思った。ジャスティンは得体の知れない悲しみが自分の胸を満たすのを感じた。ぎゅっと目をつむると熱い涙が流れた。
「泣くな……」
笑みをこぼし、ブラッドは右手を伸ばす。ジャスティンの頭を撫でる手つきは優しかった。
ジャスティンは遠い日の夕焼け空を思い出す。本当は帰りたくないのに、帰りたいふりをしていた時のこと。友達と別れたあと意味もなく遠回りをして帰ったこと。あの時ブラッドがいてくれたら、こんなに孤独ではなかったのに。
「と、とうさ……」
ジャスティンは小さく言いかけ、口をつぐんだ。自分は今何を考えたのだろうと思うと、心の底から恐ろしかった。
うん? と、ブラッドは目で問いかけた。ジャスティンは消え入りそうな声で、なんでもない、とささやく。ブラッドの言うとおり、こんなのは本当の勘違いだ、と思った。そうでなければ俺は獣なのだ、と。

 


 

ブラッド隊長が死ぬほどタイプなので身重の妻が死んだ過去あってくれと思った瞬間の