求めよさらば

「今日一緒に晩飯作りたい」
ブラッドは座ったまま顔を上げた。立っているジャスティンが真剣な表情でブラッドを見下ろしていた。窓から外を見ると夕刻らしく、日は落ちて遠くから鳥の声が聞こえていた。机で書きものをしていたブラッドが、なぜだ、と問いかけると、隊長と作りたいから、とジャスティンは返事をする。
「それにこの頃アリアにお願いしっぱなしだったしさ」
ジャスティンがはにかむ。ブラッドは目を閉じた自分の眉間に皺が寄るのがわかった。返事が答えになっていないことを教えてやろうかと思ってやめた。こいつは馬鹿ではないから、今回も何か思うところがあってのことだろう。隊員ひとりに負担をかけていたのも事実だった。
「分かった、すぐに行くから台所で待っていろ」
言うと、ジャスティンは一瞬おどろいた顔をして、了解、と返事をした。部屋を出て行くジャスティンの背を眺めながら、自分から希望したのに驚くなんておかしな奴だと思った。そうしてブラッドは、ジャスティンが誰かに自分のための要求をしているところを見ないということに思い当たる。甘えられているのかと思うと閉口するが、行くと言った手前夕飯を作らないわけにはいかなかった。

台所へ向かうと、ジャスティンは腰に群青色の布を巻いていた。なんだそれはと尋ねると、隊長の分もあるよと同じものを手渡される。
「飯作る時に、服が汚れないようにする布」
ブラッドはジャスティンの横顔を眺めた。予想に反して、それなりに料理をしたことがあるようだった。
「……肉にするか、魚にするか」
「肉! ミートローフがいい」
快活に笑ったジャスティンの笑顔は少年のようだった。ふとこの若者も、こんなことにならなければ、自分の家で家族と一緒にミートローフを食べていたのかもしれないと思った。けれどすぐに詮無きことを考えてしまったことを恥じ、ブラッドは缶詰を手に取った。

「隊長、みじん切りあんまり上手じゃないな」
作り上がった料理を前にジャスティンは笑った。ブラッドはきまり悪くなり、胃に入れば同じだと呟く。
「……おまえは食事を作っていたのか? 手慣れていたが」
「うん、家で飯作る人いなかったから」
ブラッドはちらりとジャスティンを窺った。伏せられたジャスティンの眼差しはどこを見ているのかわからなかった。そうかと返事をすると、レベッカとアリアが台所に入ってくる。
「わあ、お二人が食事を作って下さったんですね」
「うわいい匂い、これ二人で作ったの?」
ジャスティンが笑って頷く。へえジャスティン料理できんだ、先輩が一人で作ったご飯いつも男の料理すぎるからさ、とレベッカも笑う。レベッカをじろりと見るとふいと目を逸らす。隊員呼んできまーす、とすました声で言い、レベッカは台所から出て行った。
「私も食卓の準備をしますね」
微笑み、アリアが台所から皿を運び出す。台所に再び二人きりになり、ブラッドは腰に巻いた布を解きながらジャスティンを窺う。
「今日、なぜ俺と晩飯を作ろうと思ったんだ」
ブラッドは強引を装って単刀直入に問いかけた。ジャスティンはブラッドをそっと見上げた。
「アリアに負担がかかってるっていうのがひとつ、俺が隊長と一緒に飯作りたかったっていうのがもうひとつ」
「おまえがか」
「……うん」
ブラッドは少し驚いてジャスティンを見つめた。今までこいつが自分の希望を誰かに訴える時、それは全て他人のためだった。ジャスティンは叱られて寄る辺の無い少年のようにうなだれていた。
「そうか」
ジャスティンの様子に気付かないふりをして返事をすると、安心したように息をついたのがわかった。他人のために全力を尽くす若者の自分の望みが他人と夕飯を作ることか。ささやかな望みもあったものだと思いながら、それでも自分と一緒に食事を作りたかったと言われたことがこそばゆく、ブラッドは照れを隠すために食卓へ向かおうとする。背を向けたブラッドに、あのさ……、とジャスティンは言いにくそうにささやく。
「今日はさ、隊長と話しながら食べたいんだ」
ブラッドは振り返った。なんだそんなことかと思い、ブラッドはふっと笑った。
「構わん、好きにしろ」
隊員たちが集まったのか、食卓の方がにわかに騒がしくなる。う、早く行かないとなくなっちまうかも、とジャスティンが台所から駆け足で出て行く。それは困ると思いブラッドもジャスティンの後を追った。ジャスティンの足取りが、普段よりもにわかに軽やかな気がした。

 


 

隊長とジャスティン二人で料理作ってほしい