足立と菜々子の話

じゃあ、いつまでここにいるんですか。その少女は僕を疑うこともせず屈託なく笑った。初夏というにはまだ早い四月の終わり。風が吹き、うすく汗ばんだ身体を乾かしていく。いやあ、すぐに帰るよ。まつ毛を伏せると、自分が二十も三十も年をとってしまったような錯覚に陥る。
「(つまんねー街だな)」
この街に一番最初に来た頃、そう思ったことを思い出す。若かった昔の僕。今の僕は、何かを楽しいとかつまらないとか思うことはほとんどない。たった十年しか経っていないのに、何もかも、遠い昔の出来事のようだった。
「本当にお久しぶりですね、足立さん」
ほとんど覚えてないだろうに、懐かしそうに目を細めて少女は笑う。僕は、またこの街に戻ってきた。

「どうされてたんですか?お仕事の関係で都会に行ったって聞きましたけど」
僕は、ええと、と考えるふりをする。この少女はきっと何も知らされていないのだ。君や、他のたくさんの人を殺そうとして刑務所に入ってたんだよと言ったらどのくらい驚くだろう。
「……そう、都会にいたんだよ」
少女は、へえ、と頷く。沈黙が流れ、ほら、僕エリートだからさ、と続けた声はいやに空々しく響いた。少女は、ふふふ、と笑う。
「なんかちょっと、変わりましたね、足立さん」
少女はぽつりと言った。僕は心底びっくりして少女を見つめる。そうかなぁ、と頬をかくと少女は言った。
「うまく言えないしちょっと失礼なんですけど、なんか今の方が、死んじゃいそうでほっとけないっていうか」
僕は言葉がでなかった。少女の動くくちびるを見つめる。
「ねえ、よければお父さんに会っていきませんか?」
僕はやっとの思いで、いや、いいよ、と呟く。

僕はこの世界が嫌いだった。両親のことも、自分のことも嫌いだった。
けれど死にたい、というのとは少し違うような気がする。僕は隣を歩いている少女を横目で見ながら思う。でも、死にたいわけではないが、いつか死ぬ時が来るのなら、どうしてそれが今ではいけないのだろう、と思ったことはなかっただろうか……。僕はぼんやり記憶をたどる。
「……足立さん?聞いてるんですか?」
笑いながら言う。そんなに人懐っこかったら、悪い人に捕まっちゃうよ。僕は、聞いてるよ、と言って笑う。
もしかしたら、死んでしまいたいのかもしれない。
僕にはわからなかった。
「死んでしまいたいのかもしれない」
口に出して言った。少女を見ると、少女は僕をじっと見ていた。少女の目は聖母のようで、僕は泣きたいような気持ちになる。
「さよなら」
少女は言った。僕は驚いて辺りを見渡す。こっちに行くと、もう家なので、と少女は笑った。
「……そっか、気をつけて帰るんだよ」
手を振ると少女も手を振って微笑んだ。僕は、死んでしまいたいのかもしれない。けれどあの少女にまた会いたいと思っていた。信じられないことに。

 


 

ED後捏造