if未来捏造

三度目は非常階段の下だった。俺はその場にいるなんて思わなかったし、晴れた空の高い日だったのであいつを探して外階段を下る音もよく響いた。だから俺が来るまでにそれを隠す時間だって充分あったはずで、あいつが隠していなかったのは、ひょっとしたら俺にそれを見つけてほしかったのではないかと思う。
「美味いか、それ」
斜め下を見ていたあいつは驚く様子もなくゆっくり目を上げた。俺は、ん、と手のひらを差し出す。ポケットに入れていた左手を出し、俺に放ってよこした小さな紙袋はくしゃくしゃだった。小さくため息をつき、俺はそいつの隣に立った。
「未成年だろ」
ふん、と息をもらして返事をする。吐いた煙が白く濁って見えた。
「訓練、ちゃんと出ろよ」
そいつが俺をちらりと窺う気配を感じた。俺は気付かなかったふりをして、非常階段の下から見える狭い空を眺める。
「ジャスティンはさ」
「隊長な」
「隊長は吸えないんだろ」
俺は手のひらの中の小さな紙袋を見た。そいつの横顔を見ると、反抗するような目線が俺を捉えていた。大人にすっかり諦めてしまったみたいな表情で、口元をゆがめてかすかに笑った。
「吸ったこともないんだって、酒も飲まないしってみんな言ってる、そんなキレーで出来のいい上官の言うこと聞く気になれないよ」
「……吸ったことくらいあるさ」
煙の香りがふっと漂う。そいつは、ふうん、と興味なさそうに壁に背を凭せた。口元で火が小さく光った。
俺はかつて憧れていた男を思い出す。煙草を吸う時のその人が好きだった。咥えたまましゃべるとくぐもった声になった。吸い始めた時の煙に細めた目尻に皺が寄った。ぼうっと見ていたら、一本手渡された。おそるおそる咥えるとその人はふっと笑って、自分の煙草に付いていた火を俺の咥えた煙草の先におしあてた。
「隊長、なんて顔してんの」
俺はそいつの顔を見た。小ばかにした笑みを浮かべていたが、瞳はおもしろがるように光っていた。
「時々どこ見てんのかわかんないんだもんな」
吸い殻を足元に捨てて靴で踏みつける。慣れたものだと俺は思った。
訓練終了の合図が鳴った。俺は他の隊員たちに自主訓練を指示していたことを思い出す。夕刻までには戻って来いよと声を上げながら階段を上ると、下でひらりと手を振るあいつが見えた。
カンカンカンと音を立てて外階段を上り終える。日差しが和らいで、高かった空はうすぼんやりとした青色になっていた。あいつから放ってよこされた紙袋を広げて見る。俺は中身を一本取り出し、そっと口に咥えた。もう煙草に火をつけてくれる人はどこにもいないのだと知った。

 


 

ブラッド隊長が命を落としたと信じていた時に書いた ジャスティンに不良少年と接してほしい願望が透けて見える