ヒーロー・イズ・カミング・レイト

店の扉を押すと、いらっしゃいませと元気な声が耳に届く。おう、と返事をしながら、ルスキニアは厨房の奥から出てきた少女を見てふっと笑う。少女はちょっと驚いてから小さく歓声を上げた。
「ルスキニアさん、お久しぶりですね」
「変わりないか、ネネ、少し背が伸びたんじゃないか」
はい、おかげさまで、と嬉しそうに笑うネネを眺め、ルスキニアは厨房近くの席に座った。この少女の笑顔を好もしく思うようになったのはいつからだろう。昼時を外した店は客の入りも穏やかで、静かに食事を摂ることができそうだった。
「うん、頼もしくなってきたよね」
後ろから声が聞こえ、ルスキニアは振り返った。少女の表情がぱっと明るくなり、わあ、いらっしゃいませと笑う。ルスキニアは小さく舌打ちをして仕方なく声をかける。
「護衛もなしに、こんな時間に」
「昼飯食べ損なってさ、今日は一人の客」
ルスキニアがふんと笑うと、声の主――クラウディオはルスキニアの隣に腰掛けた。二人を眺めたネネは微笑ましいものを見るように目を細める。お二人とも、何になさいますかとネネはフライパンを手に取りながらたずねた。
「ボンゴレ定食」
二人の声が重なり、ルスキニアはじろりとクラウディオを見る。クラウディオが声を上げて笑い、ボンゴレ定食と言えばさ、と少女に声をかけた。
「あいつは元気?」
ネネの笑顔がわずかに硬くなる。ルスキニアが隣のクラウディオの足を踏みつけると、クラウディオは何がなんだかわからないような表情でネネとルスキニアを見る。
「……最近、顔を出してくれないんです」
小さく息をついたネネを見て、クラウディオは慌てて取り成すように手を振った。
「うん、元気だと思うよ、またそのうちひょっこり飯食いに来ると思う」
「そうだな、嬢ちゃんのボンゴレ定食いくらでもいけるぜ! とか言ってるのが目に浮かぶな」
ネネは、はい、と微笑んだ。お二人ともありがとうございますと付け足す。そのまま背を向けてフライパンに目を戻すので、ルスキニアは無言で横にいるクラウディオを肘で突く。クラウディオは反省のしるしに両手を上げた。
ルスキニアとクラウディオは以前、秘宝を巡ってネネと大海原で争ったことがあった。三つ巴の戦いの中で、非力な少女をキャプテンと慕って支えていたのがダスターマンだった。彼はネネのボンゴレ定食に惚れ込んでいて、捉えどころのなさと底抜けの明るさを持っている男だった。
ルスキニアがかつてのことに思いを馳せていると、二人分の定食がテーブルに置かれた。どうぞ召し上がれと笑った少女を見上げる。少女の目線がふっと入口に移り、みるみるうちに信じられないものを見たような表情になった。
「嬢ちゃん、俺の分のボンゴレ定食は!?」
ネネは厨房を出て店の入口へ駆け出した。隣にいるクラウディオをちらりと窺うと、スプーンを手に取りすでに定食を口に運んでいた。
「……あれは惚れてるよな、俺早めに食って退散するよ」
もぐもぐと口を動かすクラウディオに頷いてみせる。こいつの言うことに同意するのはしゃくだったが、ルスキニアもスプーンを手に取り定食を口に運ぶ。久しぶりに食べたボンゴレ定食は、いつもより少ししょっぱい気がした。

 


 

パラディアイベント後 10年後ダスネネに夢見ていた