世界を抱く女

三十を過ぎたあいつが恋人を作らないので、同性愛者だと噂が立った。噂話なんて暇な連中の下らない遊びだと俺は笑ったが、あいつは普段のように笑い飛ばすということをしなかった。真剣な表情で考え込むので、俺は肩すかしを食らった気持ちで口を開く。
「なんだよ、本当にそうなのか?」
思えば恋人を作っているのを見たことはなかった。んー、と自分のこめかみのあたりに指をやり、なんだかわからないんだ、と呟くようにあいつは言った。
「人を好きになるって、その人だけを守るって決めることでしょう、私が守りたいのは、もっとたくさんなの」
遠くを見る表情で微笑んだ。その横顔にかつて国を守って死んだ男の影を見て、ああこいつはどうしたって手が届かない場所にいるのだ、と何度も味わった静かな諦念が再び立ち上る。俺は先生が死んでからずっと、おまえだけを守りたいよと、言ってしまえばそれこそ笑い飛ばされるのだとわかっていた。

 


 

イオリに傲慢さを感じていた頃の